安倍内閣支持率40%の怪! 国民の油断?

 失点が積み重なるばかりというのに、最近の世論調査でも、安倍内閣支持が押しなべて4割を維持している。人物評価、政策別評価では、「森友加計問題がきちんと説明されたとは思わない」「原発再稼働反対」「沖縄の民意を尊重すべきだ」「統計問題の真相は明らかになっていない」と、政権への批判的な評価がほとんどなのだが、安倍内閣を支持するか否かの設問となると、「他よりよさそうだから」と支持率が4割を超える。分からない。質問の仕方、調査方法に誤導があるのではないかとも考えていたが、どの新聞社、放送局の調査でもほとんど同じ傾向を示すことからすると、矛盾にも見えるこの結果も国民の意思表示と認めざるを得ないのだろう。
 しかし、安倍晋三の政治、政策を評価しているとは思えない国民、その4割もの人たちが、「安倍内閣のままでいい」というこの事態。これがそのまま自民党への投票行動となれば、自民党は大勝して安倍はまた延命し、日本は国民までが基本的倫理道徳感を欠いた低俗国家との烙印をおされかねないことになる。経済第一、自分ファーストで、国民自体の倫理観道徳感まで劣化してしまったのか? 楽観は許されないのかもしれない。その所以と深刻さの度合いを真剣に考えてみる必要がありそうだ。
 理由の一つは経済か? 私の知り合いで「格差云々もあるが、結局のところ、とことんまで困っている者が少ないんだよ」「安倍のおかげで今の経済、何とかなる生活があり、それでいいと思っているんだよ」と言う者がいた。経済格差はもはや看過できないレベルに達していると思うが、それを措くとしても、安倍内閣支持の理由がそんなところにあるのだとすれば、それは明らかな勘違いである。今の経済は決して安倍政権によってもたらされ維持されているものではない。リーマンショック以降世界景気が立ち直る過程にたまたま安倍政権が位置していたにすぎないし、やったことも異次元金融緩和による円安誘導政策で一部輸出業者を突出して潤しただけ。言うところのトリクルダウンも生まれなかった。実質賃金は伸びず、消費も停滞したままだ。地方の疲弊も耕作放棄地の増大、拡大し続けるシャッター街で一目瞭然だ。安倍総理が声を張り上げる「雇用の改善」も、何のことはない、その主たる原因は社会の高齢化、従業員の退職、労働者の急激な減少によるものであったことが、財界の要請で大慌てで行われた外国人労働者の受け入れ立法で明らかになっている。
 さらに、さしたる効果も認められないその異次元金融緩和には、経済学者から軽視できない副作用の発生が懸念されているというのだから事は深刻だ。政府の発行済み国債の半分を日銀が保有してしまった。江戸時代に殿様(安倍)が金が足りないと番頭(日銀黒田)に命じて刷らせ、全部紙切れになった藩札と同じだ。日本経済に適正な市場の貨幣量、政府から独立したはずの経済調整機関(日銀)は政府の小間使いに成り下がり、そこに客観的合理的な抑制は何も働いていない。こうして異様に作り上げられた経済が、その正常化、緩和政策を元に戻す出口のところで日本経済にどういう不都合をもたらすことになるのか、誰も経験したことのない未知の世界が大きな口を開けて待っている。その時、安倍、黒田はもう責任を取るべき立場にはいないだろう(いても責任はとらないという方が正確か)。
アベノミクス」に一役買い続けてきた日銀の株買いも、前に書いたとおり実に酷い政策だ。国民のなけなしの預貯金の金利はいつまでたってもほぼゼロ(ゼロ金利政策)、もう何年になるのだろう? それはそのままに、日銀はせっせと札を刷って富裕層株主には札束(年間6兆円)を供給し続けている。この偏頗なバラマキにどうして国民は怒らないのか、これも私には、日本人の寛容さでは片づけられない不思議の一つだ。
ただ、これらの誤解は国民がどこかで気づきさえすれば解消されることである。国民はいつまでも口先だけの安倍マジックに騙されてはいないだろう。

 もっとも、安倍内閣のこうした政策のもとで、実際に、株で大儲けをし、円安政策で自動車その他輸出産業は潤い莫大な利益を手にした者も多くいる。そうした株屋、財界人、高額所得会社員の中から「何が何でも安倍」派が形成されてもおかしくはない。安倍に限らず、国民の中にも自分さえ良ければ良しも少なからずいる。しかし、それは国民全体でみればわずかなものだろう。また、靖国、戦後の清算憲法改正、軍備増強など思想的に安倍を支持する者も結構いるようだが、それを加えたとしても、とても国民の4割に届くとは思えない。安倍内閣支持、その余のほとんどは積極的支持というより、消極的容認にとどまる人たちと考えて間違いないのだろう。


 しかし、問題はここにこそある。消極的にしろ、この人たちがどうして「安倍内閣支持」と答えてしまうのか、その理由である。まさか国民も、これまで見てきた安倍政権の不祥事で、安倍の直接の関与はなく全部取り巻き連中の「忖度」の結果と考えているわけではあるまい。それでもなお「安倍でいい」と思わせるものは一体何なのか。そこを知りたい。そこで、国民の倫理道徳観まで安倍レベルにまで落ちてしまったとはどうしても考えたくない私が思案の末にたどり着いたのが、かつての自民党大物(と言われた)政治家たちとは異質な、次のような「安倍晋三固有のキャラ」原因説なのだが、どうだろう。
 血筋が良く何不自由なく育ったであろうその生育環境、それもあってか、かつての自民党政治につきものだったいわゆる金権腐敗、汚職などの下劣な政治と彼は縁がない。札束で頬っぺを叩いて子分を増やそうとはしないし、今ある地位も自分で勝ち取ったというよりほとんどは周りのお膳立ての結果である(最近、麻生、菅、二階の権力闘争が表面化し、その実態と綻びが見えてきたが)。しでかした悪事も、見方によっては、国民の目を盗んでお友達に便宜を図ろうとした程度のこと。それで私腹を肥やそうとしたわけではない。バレそうになれば、後先も考えず我を忘れて人の陰に隠れてひたすら逃げようとする。見え透いた嘘すら口にする。イタズラを見つけられて逃げ回る、幼稚で世間知らず、どこか憎めない良家のボンと描写することもできそうだ。また、安保法制強行、憲法改正などの極端な右寄り思想の持主ではあるが、その容姿、言動とも、国民に見た目の恐怖を感じさせるところは少ない。聞かれてもいないことを延々と話し、真意とはかけ離れた日本語で国民をごまかそうとする粗末な国会答弁を聞いていると、能力の低さ、稚拙さを感じることはあれ、これを放置することがそのまま独裁国家への道となり、ヒトラーフセイン金正恩など国民を戦争にかりだす独裁者の誕生に直結するとイメージすることは、彼の場合なかなか難しい。国民に敵対感情をむき出しにすることもない。沖縄県民投票の結果に、真意とは真逆の「民意を尊重」「民意に真摯に向き合い」などの言葉が抵抗なくスムーズに口をついて出る。怒りというより笑い出してしまいそうにもなる。そのキャラのせいか、責任観念も希薄で、前面に立ち後始末をし責任をとるのはいつも取り巻きたちである。これまで血で血で洗うような抗争の末にその地位を掴み取ってきた自民党総裁とはかなり様子の違う不思議な存在、それが安倍晋三である。
 こうした彼の外観、言動、雰囲気などが、実はウルトラ級の右翼思想の持ち主でありながら、国民の恐怖心を薄れさせ、国民の間に、どんな政策であれ、金権に明け暮れていたかつての自民党政治よりははるかにマシで真面目な政治がおこなわれているかのような錯覚をもたらし、それが国民の目を曇らせ、国民に「安倍でいいではないか」の「油断」を生じさせているのではないか。国民の側の油断、これが「安倍内閣支持率4割の怪」の私の一つの結論である。

 しかし、安倍内閣支持の理由がもしそういうところにあるなら、その人たちには、日本の未来、子供や孫たちの将来のことをもう一度真剣に考えてみてほしい。安倍は、嘘、隠蔽は平気、公文書の偽造(指示はしなくても、間違いなく承知はしている)、国民を欺くことも気にならない。部下を庇うどころか自分のためには犠牲すら強いる。そして、最も深刻なのは、彼には、こうした行動について内的抑制が全く働らいていないように見えることだ。「私は100万円渡していません」「私が加計学園の申請を知ったのは、最後の認可の時です」これほどの嘘が息を吐くように口から出る。人間として最も大事な基本的倫理道徳を欠いている疑いが濃厚なのだ。安倍語録、あまりに軽々しい言葉の数々も良心の欠如を疑わせる。それは、内心びくびくしながら悪事を企み、姑息に私利私欲を満たそうとする輩より、時に国民にとってはもっと危険な存在となる可能性がある。国の緊急事態に遭遇したとして、そうした人物が何を考え何を優先させることになるのか全く想像すらできないからだ。少なくとも、国のために己を犠牲にし、国民のためなら命も惜しまぬ、そういう人間でないことだけは確かである。悪くすれば、真っ先に逃げる。
 また、次の事実はこれまで気になったこともなく、一般的に正しい意見とも思わないが、政府の農業政策に立腹する知人の一人が口にした。「安倍には子供がいない。そのことが彼の物の考え方に影響しているのではないか」。原発再稼働、安保法制、憲法改正、状況が許せば直ぐにでも乗り出しかねない徴兵制、戦争。我々が原発に反対した理由の第一は「子や孫たちが安全に安心して暮らせる巻町を守ろう」だったし、安保法制、憲法改正問題にしても、真っ先に頭に浮かぶのは、「子や孫が戦争に駆り出される恐ろしい世の中はお断り」だ。トランプの言いなりに猪突猛進する彼の姿、そこには何の躊躇もなく、微塵のためらいも感じられない。今の自分の政治を良く見せることができさえすればいいだけの前記経済政策を見ても、彼が、次の総理、子や孫たち次世代の国民、次代の日本の在り様を真剣に考えているとはとても思えない。先のことはお構いなしの彼の政治行動のすべてがこの一事で説明がつくという恐ろしいばかりの符号に驚かざるを得ない。あくまでも彼に関する限りだが、その指摘は当たっているのではないか、と思わせるところがある。子のあるなしに拘わらず今の自民党議員はみな同じではないかという反論もありそうだが、先頭で政治を引っ張る人間とただそれに付き従うだけの人間とでは、真剣さと責任において雲泥の差があろう。

 政治に携わる者、能力差はあり過ちもし失敗もするだろうが、その前に、まず「国家国民のことを最優先に考えること」、そして「真面目に正直に国民と向き合うこと」、それが政治家たる者の最低条件でなければならない。安倍や取り巻き連中にはそれがない。もちろん、自民党に限ったことではない。自民党に席がないので野党を名乗ってきただけの議員、電力労組(連合)の票が欲しいばかりに原発廃止を言えない野党議員もいる。これもまた、自分が議員であることが何より大事で、それを国民の安全安心よりも優先させてしまう輩だ。同じく排除されなければならない部類の政治屋だ。

 確かに、政治環境は厳しく、容易に政権交代を口にできる状況にないことは認めざるを得ない。しかし、理想論と言われるかもしれないが、あるべき民主政治の原点を、国民の側から諦めてしまってはいけない。日本の将来をしっかり見据えて議員一人ひとりの資質、性格、そして何よりその人物が人間としての確かな良心を持ち合わせているのかどうかを見極めて、厳しく取捨選択し、基本的資格を欠く者は排除する、その作業を根気よく続けていくしかない。急ぎ過ぎてもいけない。時間はかかっても、それが日本に良識ある政治を取り戻す、今残された唯一の道ではないか。

 アベノミクスが失速し(或いは、化けの皮がはがれ)、経済減速、いよいよ消費税の再々延期を口実にする衆議院解散、衆参同日選挙が現実のものとなってきた。ごまかし、けたぐり何でもあり、それで選挙に勝ち続けてきただけの安倍と自民党、国の未来と国民に正直に向き合おうとしない安倍が考えるのは、またもその程度のことだ。
 今度も安倍の詐術にやられてしまうのか? ボールは国民の側にある。4選もありという安倍政治でいいのかどうか、問われるのは国民の良識だ。